1. はじめに

Pelvic Incidence(骨盤固有角:以下、PI)は整形外科では病態分析、手術を施行する際の矢状面アライメントの矯正角度設計、リハビリでは姿勢の特性を意識した治療の考察に用いられます。PIの特徴は人間工学領域でも腰痛予防に活かすことができると考えます。そこで各領域が融合した腰痛予防対策について説明します。

2. 内容

効果的な腰痛予防には2016年のSteffensらの報告1)があります。それによると運動と教育の組み合わせであるとされています。今回注目したPIは骨盤内の仙骨の傾きを示す角度のことで、その計測はX線上で行います(図1)。PIの特を以下に記載します。

 ・個人固有

 ・姿勢によって変化しない

 ・思春期で固定

図1 PIのX線画像による計測

この特徴から、各個人の腰痛の悪化や新規発生予防に対し、テーラーメードな対策を講じる事ができると考えています。
具体的には直立姿勢になった時、PIが小さい人は仙骨の傾きが少ないので、腰椎の前彎(腰の反り)が少ない状態になり、椎間板への圧縮力が大きくなります。一方で、PIが大きい人は腰椎の前彎が大きくなり、椎間関節に負荷が大きくなることから椎間関節性腰痛や将来的に腰椎すべり症、若年期に極端にPIが大きいと分離すべり症のリスクになります。つまり人の姿勢はPIの影響を受けており、腰痛対策に反映するとより効果的な予防策となると考えています。

以上の事から、X線撮影することなく、簡易的にPIの大きさを分類できれば、テーラーメードな腰痛対策を講じることができると考え、判別ツール(図2)を作成しました2)。本ツールは記載されている焦点距離の位置から対象者の側面(矢状面)を観察して使用します。側面から見た膝の中央と大腿中央線および臀部の最隆起部に合わせることでPIを大・中・小分類できるツールになります。ぜひ参考文献2) もご覧ください。

図2 PIを外観上から判別するツール(筆者考案)

各領域との融合に関して、整形外科・リハビリの観点から、PIの概念に基づいて人に対する介入を考えます。ストレッチ、筋力強化、動作戦略の指導などを年齢的な要素も考慮し、その人に合った腰痛対策をパッケージ化できます。年齢的な要素は、Kirkaldy-Willisらは、腰椎の変性は椎間板の機能不全を基盤として、3つの段階を経て進行する3,4)と述べています。初期機能不全期、不安定期、再安定期と人の腰椎は変化します。

次に人間工学的な観点です。
①作業環境の見直しの説明を行う際にPIの要素を含めます。具体的には、長時間デスクワークにおいて、猫背で作業を続けると椎間板の内圧が上がり痛みに繋がる可能性があります。20-20-20ルール5)を利用して姿勢変換も行うことで腰痛予防に繋がります。特にPIが小さい人に有効です。
②作業面の高さや作業姿勢への配慮をします。立位作業でも腰椎の前彎が強くなりやすいので、片方の股関節を軽度屈曲位にすることで腰椎への反りが少なくなります。特にPIが大きな方に有効です。
このようにPIの概念をエッセンスとして加え、労働者自身、環境面への介入を行い、複合的な腰痛予防対策が展開できる可能性があります。

3.おわりに

今回はPIのエッセンスを加えた腰痛予防対策の普及のために、PIを簡易的に判別するツールの作成、各個人の特性に合わせた労働環境の策定について述べました。今後は社会実装に向けての取り組みを行う予定です。

推薦図書・論文など

1)Daniel Steffens, Chris G. Maher, et al. Prevention of Low Back Pain A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA Intern Med. 2016, 176(2), p.199-208.

この論文は、腰痛予防対策のRCTより、運動や教育などの各種対策の腰痛発症予防効果と欠勤の予防効果を短期的、長期的にみている論文のメタ解析です。発症予防に関して、運動と教育のコラボレーションが効果があるとされています。

2)Shota Yamada, Takeshi Ebara, et al. Can hip-knee line angle distinguish the size of pelvic incidence? – Development of quick non-invasive assessment tool for pelvic incidence classification. International Journal of Environmental Research and Public Health. 2022, 19(3), 1387.

PIの大きさを簡便に判別できるツールの紹介を行っています。PIの特徴は臀部のシルエットに表れているという気付きに着想して、作成したツールです。

3)Kirkaldy-Willis WH, Farfan HF: Instability of the lumbar spine. Clinical Orthopedics and Related Research. 1982. May, 165, p110-123.

腰椎の変性過程を説明する包括的なモデルを提唱しています。そのため年代に応じた腰椎疾患があります。この情報は現在の脊椎医療の根幹となっている考え方です。

4)Macnab I, McCulloch J: Backache. 2nd ed, USA, Williams & Wilkins, 1990.

腰痛の診断と治療に関する包括的な情報を提供しており、医療専門家にとって貴重なリソースとなっています。私も本書籍の監訳者が大学の教授、前職場の名誉院長でもあり、よく読ませていただきました。私の脊椎診療の礎になっている著書です。

5)Japan Human Factors and Ergonomics Society, (Ebara T and Yoshitake R (Eds.)), Seven Practical Human Factors and Ergonomics (HF/E) Tips for Teleworking / Home-learning using Tablet/Smartphone Devices, First Edition, The IEA Press, 2020.

医療と私の人間工学100Tipsを読まれている方は知らない人はいないと思います。内容の中の20-20-20ルールなどは講習会の講師を行う際にも利用させてもらっています。理学療法士を対象とした講習会も多いので、宣伝もしています。

著者プロフィール

山田 翔太 Yamada Shota
名古屋市立大学医学部附属西部医療センター診療技術科 リハビリテーション係 係長 

日本理学療法士協会、日本腰痛学会、日本人間工学会、日本産業衛生学会作業関連性運動器障害研究会

博士(医学)

理学療法士15年目。多くの脊椎脊髄疾患の診療に携わっています。日々の業務の中で今回のTipsのPIに出会いました。3年目にPIの腰痛予防を発想し、大学院へ進学。多くの方にご協力頂きPIを簡便に把握するツールを作成しました。