1. 過労による健康障害
過重な働き方による健康障害は、我が国で深刻な問題となっています。また、長時間労働が心臓疾患や脳卒中のリスクになることが疫学研究によって明らかにされています (文献1)。長時間労働による精神的健康への影響も報告されており、我が国の過労死事案においても長時間労働を伴った精神疾患の労働災害が多数発生しています (文献2)。さらに、極度の過労状態を再現した動物実験によって神経系を含む身体機能がむしばまれる病的な過労のメカニズムも次第に明らかになっています (文献3)。
2. 職場の日常的な疲労の対策
仕事の現場では、上記のような健康障害が生じるずっと前段階のレベルでの疲労の軽減対策が望まれます。健康の問題が生じる以前のレベルで安全や能率に有害となるからです。何がボトルネック(隘路)となって作業・仕事の中断や休息が必要になるかを考えてみます。たとえばデスクワークを長時間続ける場合、長時間作業による集中力の低下などと同時に、姿勢の拘束による筋骨格系や血流・循環器系への負担や目の疲れも進行します。力を要する作業ならば、筋疲労も進行します。深夜作業などの不規則な勤務の場合は、サーカディアンリズム(昼活動-夜休息の生物リズム)に反することによる疲労や眠気が問題になります。
こうしたいろいろな要因のうちのどれか一つでも安全または健康の問題になるレベルに達したときには、いずれにせよ仕事を止めて休むことが望まれます。環境の有害ばく露(例:暑熱環境、騒音)がボトルネックになることもあります。ちなみに、産業衛生学会が毎年公表している有害要因の許容基準は、通常の労働時間(8時間以内)を前提としていることも考慮するべきです。
ぎりぎり睡眠が取れるだけの休息で、健康的な生活が続けられるとは言えません。1日や週単位の生活サイクルに関して、生活時間の圧迫も問題になり得ます。もう一つ強調したいことは、有能な作業者は安全で快適に、完璧に作業をこなしたいと思うものです。疲れたために作業が完ぺきにこなせなくなった作業者は中断(手休め、休憩、休息)を望みます。作業の質を疲労の影響から防衛しようとする「心理的なホメオスタシス?」への考慮も、実際の作業時間管理では必須です(文献4)。
3.疲労と過労
小木(文献5)は疲労の定義を「休息欲求のあらわれ」としました 。小木によれば、「疲労」は健康の問題につながる「過労」とは異なるものであり、病的な状態ではありません。疲労は日常的な現象です。1日働けば、必ず(少なくともある程度は)疲れます。そして疲れたので夜にはぐっすり眠ることができ、朝には回復するという日常のサイクルがあります。こうしたサイクルのバランスが崩れて、疲労が進行していき、安全や健康の問題に至る「過労」を防止することが課題なのです。
疲労感は過剰な活動の継続から心身を保護するための正常な感覚と言えます。この感覚の機能を乱す何らかの要因によって、あるいは社会的・組織的状況が強要する疲労の我慢の継続によって安全や心身の健康を害され、過労事故や健康障害、あるいはいわゆる「過労死」が引き起こされます。なお、「慢性疲労症候群」という病名がありますが、ここで述べる「疲労」や後に述べる「慢性疲労」とは異なる疾病の概念です。
図1. 休息欲求からみた疲労の種類 (文献5)
4.疲労の分類
休息欲求からみた疲労の分類を紹介します (図1, 文献5)。「急性疲労」は、たとえば全力ダッシュによるへばりです。精神的作業の急性疲労は、ちょっと手休めをしたい、少し一息つきたい状況でしょうか。医療の難しい手技では、手を少しや休めて思わずため息をつくような状況もあるのではと想像します。亜急性疲労は、たとえば工場で2時間働いた後の10分程度の休憩や、午前中働いた後の昼休みで回復する状況などです。日周性疲労は1日の疲れであり、自宅での休息と睡眠で回復するものです。慢性疲労は1日の疲労―回復サイクルで疲労のリセットができず、疲労が進行していく状況です。
小木の分類は、製造業などのペースが統制される作業に特に当てはまるものと思いますが、多忙で、長時間になりがちで、時に集中を要する作業が発生する医療の現場にはいろいろな部分が当てはまるのではないでしょうか。
図2. 負荷と負担と疲労の関係 (文献6)
5.負荷・負担軽減と人間工学
疲労が休息への欲求の現れとすれば、仕事‐休息の時間が適切であることが最優先の対策です。一方で、仕事の環境や方法に関する対策も多数実施されています。ここでは、対策のヒントとなる図を示します(図2, 文献6)。図にある各要素に対して人間工学的対策を考えることができると思います。
負荷と負担の関係は「ストレス」と「ストレス反応(ストレイン)」の関係と似ており、共通点もあります。ストレスの研究では、精神的な負担(ストレス反応)に関しては心理社会的な要因(仕事の裁量の程度、支援の有無、報酬など)の影響が大きいことが明らかになっています。ストレスに関しては別稿に譲りたいと思います。
文献
1. Kivimäki, M; Jokela, M.; et al. Long working hours and risk of coronary heart disease and stroke: a systematic review and meta-analysis of published and unpublished data for 603 838 individuals. Lancet 2015, 386, p1739–1746.
2. 高橋正也 他(2024) 過労死等の実態解明と防止対策に関する総合的な労働安全衛生研究 令和5年度 総括・分担研究報告書. 労災疾病臨床研究事業費補助金.
3. 渡辺恭良(2009) 疲労のメカニズム・これまでの仮説と現在の仮説. 医学のあゆみ 特集「最新・疲労の科学-日本発:抗疲労・抗過労への提言」,228巻・第6号, 2009年2月7日,医歯薬出版株式会社;東京
4. Hockey, R. The psychology of fatigue: Work, effort and control. Cambridge: University Press, 2013
5. 小木和孝. 現代人と疲労, 紀伊国屋書店, 東京, 1994
6. 小野雄一郎. 疲労と負担、ストレスとの関連性. 日本産業衛生学会・産業疲労研究会 (編) 産業疲労ハンドブック,110-115, 1985年初版発行、1995年新装版発行. 労働基準調査会, 東京
著者プロフィール
鈴木 一弥 Suzuki Kazuya
労働安全衛生総合研究所
博士(文学)
労働科学研究所(現在の大原記念労働科学研究所)に勤務させていただいた時には、医療、運輸、製造などの職場の作業負担・疲労等に関する現場調査を経験してきました。また、作業条件、機器等の改善による負担軽減効果を検証するための研究にいくつか携わらせていただきました。現在は労働安全衛生総合研究所に設置された過労死等防止調査研究センターに所属し、過労死対策の普及・定着に関わる「対策実装研究」チームで活動しています。
高度なスキルや多様な配慮を求められつつ現場で体を動かす医療従事者の目線、重い責任と多忙を負う現場の目線の理解に基づいた対策提案に少しでも貢献できればと思っています。